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文化・歴史>木曽義仲関係
木曽義仲・巴の銅像

木曽義仲【きそよしなか】
2歳の頃に木曽に逃れてきた駒王丸は、中原兼遠の養育を受け、後に元服し木曽次郎源義仲と名乗りました。
1180年に後白河法皇より平家追討の命を受け、木曽の地で旗挙げを行いました。その後北陸に進撃し、入京を果たし、征夷大将軍に任ぜられました。しかし、後白河法皇の策略によって鎌倉軍に敗れ、粟津ヶ原(あわつがはら)で討死。31歳の短い生涯でした。

木曽義仲年表



木曽義仲公ゆかりの地であるこの木曽の歴史と文化を探る資料館や神社等を紹介します。
義仲館(よしなかやかた)「資料館」   TEL 0264−26−2035
義仲館 義仲の短くとも壮絶な生涯を、絵画や人形を使い、わかりやすく解説しているほか、北陸から京都周辺の義仲ゆかりの地を写真で紹介しています。開館時間
  9:00〜17:00
休館日
  月曜日(休日の場合は火曜日)
入館料
  大人300円
  中学生以下無料

徳音寺(とくおんじ)
徳音寺 仁安3年(1168)、義仲が母小枝御前を葬った寺で、一族の菩提寺。境内の墓所には、義仲の墓を中心に、右側に母小枝御前と今井四郎兼平、左側に巴御前と樋口次郎兼光の墓碑が並ぶ。木曽七福神毘沙門天霊場、中部四十九薬師二十二番札所としても知られる。
 徳音寺の境内にある。昭和43年に建立された。「宣公郷土館」には、義仲の守り本尊(兜観世音菩薩)をはじめ、義仲愛蔵の品々が展示されている。
 また中山道の宿場町として栄えた宮ノ越に残された文化財を見ることができる。

南宮神社(なんぐうじんじゃ)
南宮神社 義仲が宮ノ越に館を構えた際、現在の場所に移されたとされている。義仲の戦勝祈願所として、木曽家にとっては重要な神社だった。
 また、養蚕の神、安産の神としても崇められ、村ばかりでなく、木曽中からの参拝者が絶えなかったという。

林昌寺(りんしょうじ)
林昌寺 2才で父を討たれた義仲を幼少から養育した中原兼遠の菩提寺。本堂脇の山の中腹に兼遠の墓がある。
 兼遠は、早くから義仲のすばらしい天性を見抜き、その旨安濃を伸ばすべく文武両道を教え、義仲に「理想の武士の姿」を実現させた。 本尊仏の釈迦如来像は有名。

旗挙八幡宮(はたあげはちまんぐう)
旗挙八幡宮 治承4年(1180)、義仲が以仁王の命令を受けて、平家追討の旗挙げをしたときに、この境内で戦勝祈願をしたことから旗挙八幡宮と呼ばれている。
 拝殿脇にそびえる大ケヤキは樹齢千年で、幹の周囲は10mを超え、日本の古木の一つに数えられている。

巴ヶ淵(ともえがふち)
巴ヶ淵 義仲と共に幼少を過ごし、義仲と生涯を共にした愛妾巴の名にちなんで巴ヶ淵と呼ばれる。木曽川が山吹山のふもとを迂回して形づくる深い淵に、神秘的な渦が巻いている。
 この淵に棲む竜神が巴に化身して義仲を守り続けたという伝説やその他多くの伝説が残る場所。

岩華観音(いわはなかんのん)
岩華観音 義仲が築城の際、水を引いたときに勧請(かんじょう)した観音。その後盗難に遭ったが、後年道の改修時に発見された当時の木管で尊体を造り、岩華観音として祭ったと言われている。
 かつて、卯月八日の縁日には信者で大変賑わった。



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