−祭りの歴史− 平安時代の初期、飛騨の国(現在の岐阜県宮村)の飛騨一ノ宮『水無神社』へ、木曽から杣・匠仕事をするために宗助(惣助)・幸助の兄弟が出向いていた。
あるとき、一揆の戦乱で神社が戦火に見舞われようとしていた。信仰心の厚い2人は、神社の御神体を危険から守るため、それを御輿に納めて木曽へと運び出そうとした。 幾多の山、谷を越え、飛騨と信濃の国境の長峰峠まで来たとき、追ってきた村人が追いついてきた。村人との間で御輿は取り合いになったが、2人は互いに名を呼んで励まし合い、なんとか木曽まで御輿を運ぼうとした。 村人ともみ合い、押し合いをしている間に、御輿は肩から外れて地面に落ちてしまった。そこで2人は峠の上から御輿を転がしてまで、なんとか追っ手を逃れようとした。
そうしたもみ合いの末、御輿は無事木曽へとたどり着き、御神体は神社へ奉納された。木曽の人々は2人の兄弟の偉業を称え、歓迎したという。
そして今日、この故事にならって「宗助!幸助!」の掛け声と共に、御輿が豪快にまくられるのです。 |